Microtonal
山田純嗣 / Junji Yamada
- 会期
- 2026/04/25(土)〜 2026/05/16(土)
- 開廊時間
- 13:00 - 19:00
- 休廊日
- 木曜休廊
【Artist Statement】
Microtonal
人はときに風景を前にして「絵のようだ」と感じることがあります。雪によって世界が白く統一されるときや、森の中で視界が植物の密度に満たされるとき、風景は一つの秩序を持つ画面として立ち上がります。私はそうした風景を求めて2022〜23年にフィンランドに渡りました。
それまで「絵画とは何か」という問いに対して、私は頭の中に描いた風景や既存の絵画を立体として再現し、それを写真に撮影し銅版画を重ねるという制作をしていました。しかし頭の中の風景ではなく、現実のフィンランドの風景を前にしたとき、これまでの方法では、この風景の絵画性を再現することは困難だと感じました。
そこで試行錯誤を重ねる中で出会ったのが原初的な技法のドライポイントでした。目の前の圧倒的な風景に対して、結局は時間をかけて一本一本の線を刻み続けることでしか対峙し得ないと考えたからです。
制作は写真を起点に始まりますが、一瞬で捉えた像を、長い時間をかけて銅板に刻み直していきます。その過程で、手の動きや筆圧による揺らぎが生じ、さらに刷ることでそれはインクの滲みを生じさせます。私はこれらの身体と工程の双方から生じる予測不可能な変化を「ノイズ」として捉えています。それは単なる乱れではなく、円における円周率πのように、像の内部に不可避的に含まれ、その成立を支えている割り切れない要素です。
円という完全な形が、無理数である円周率πによって成立しているように、目の前にあるものは常に割り切れない要素を内側に含んでいます。人間もまた世界に対してそのような存在であり、ノイズとして作用しています。写真という秩序に対して、身体と版画の工程が生み出すノイズが介入するとき、像は単なる再現を超えて絵画として立ち上がるのではないでしょうか。
私はこのようにして生じるノイズの集積によって形成される無段階のトーンのドライポイントを「Microtonal Drypoint(マイクロトーナル・ドライポイント)」と呼ぼうと思います。ここでいうマイクロトーナルとは、音楽における微分音のように、通常は知覚されないほどの微細な差異が、全体の構造を規定している状態を指しています。静かだけれど無音ではない森の中で感じた空間の密度は、固定された音階では割り切れない揺らぎや、複数の声部が重なり合って一つの空間を形成する多声音楽にも似ています。世界の微細な差異とノイズに目を向け、触れるとき、絵画は立ち上がるのです。