江戸-東京 パースペクティブ「日本橋江戸ばし」 / ふるかはひでたか / Hidetaka Furukawa

EDO-TOKYO perspective「Nihonbashi Edobashi」

製作年
2018年
素材・技法
紙にアクリル絵具 | acrylic on paper
サイズ
45.5×33cm

医薬経済2020カレンダー原画_表紙

江戸-東京 パースペクティブ「日本橋江戸ばし」
EDO-TOKYO perspective「Nihonbashi Edobashi」

◎江戸・東京パースペクティブ
 東京の街は、開発を繰り返すことで経済をまわします。景観はつねに移り変わり、ここに暮らす僕らもこの街が四百年を越える古都であることを忘れがちです。それでも、近世ここに育まれた寿司、天ぷら、蕎麦、鰻など食文化は現在も皿の上に息づき、出版が煽ったエンタテインメント性ゆたかな町人文化もマンガ、ゲームへ地続きなのは明らかで、近世江戸の気質はいまなお僕らのアイデンティティの源流といえるでしょう。
 当時、江戸の町は世界で稀に見る百万都市でした。燃料や機械に頼らず徹底的な手仕事で都市が営まれるなか、大衆向けの出版を伴う町人文化が花開いたのです。その精華たる錦絵版画はその後、海を越え世界を驚かせ、いまなお日本のビジュアルアイコンたる地位を失わずにいます。なかでも江戸の町を活写した『名所江戸百景』は、言わずと知れた江戸後期に活躍した歌川広重、晩年の傑作群です。ゴッホが模写を残すなど、ヨーロッパの画家らを魅了したことでも知られています。
 そして実はこのシリーズ、あまり知られてはいませんが安政江戸地震の翌年から開版されたものであるのです。絵師の眼前には壊れた町、また震災を機に激変していく江戸の町が横たわっていたことでしょう。ちょうど還暦を迎えた広重は、剃髪してまでこの連作に挑んでいます。そこには彼のこの作品に対する並々ならぬ決意が滲みます。つまり、これら僕らにも染み深い江戸の景色たちは稀代の風景画家が、忘却の淵に立つ江戸の景観を、せめて絵に残そうとの執念から描いた「震災後アート」だったのです。
 近年、僕は彼の描いた街角を訪れ、広重の絵からの引用と現代の東京を重ね描いています。おなじ場所が湛える二つのイメージには、百六十年の時代ギャップのみならず、さまざまに考えを巡らせる切っ掛けを含んでいるようにも見えてきます。そして僕は、日々変わっていく東京の景色を描き残すことの意味を、ずつと広重から問われ続けている気がしているのです。
ふるかはひでたか

◎Edo-Tokyo Perspective
 Tokyo has been repeatedly redeveloped at all times everywhere with its landscape changing thick and fast. Even Japanese people tend to forget it's their old capital for more than 400 years. At any rate, the city was called Edo when Samurai were walking around until 150 years ago.
 Yet, the time flowed here is never lost. Its cuisine culture symbolized by Sushi, Tempura and more is still alive, and the pop culture that produced UKIYOE woodblock prints, pictures of daily life of the Edo Period, can now be seen in cartoons and video games.
 "One Hundred Famous Views of Edo" by Hiroshige Utagawa is known as a masterpiece among UKIYOE of Edo and was actually produced right after a great quake called the Ansei Edo Earthquake.
 Probably, Hiroshige realized the home town he loves will be forgotten by succeeding generations unless it is preserved in pictures at least, seeing the destroyed, changing town after the quake in front of him.
 In recent years, I am drawing pictures of current Tokyo by reproducing part of Hiroshige's landscape paintings in my works while visiting the same places he painted. While painting, I feel Hiroshige makes me think what it means to paint and hand down the ever-changing scenery of Tokyo.
Hidetaka Furukawa