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(17-8) ○△□ (W) パネルに印画紙、樹脂、インタリオ・オン・フォト | 28.5×48.1cm | 2017

影のない ll


山田純嗣


2018/12/01(土) 〜 2018/12/15(土)
13:00〜19:00 木曜休

Artist Comment


「影のないⅡ」

失うことで得られる。最近はそんなことを考えることが多い。 毎日通っている道にあった建物が、ある日突然取り壊されなくなっていた。毎日見ていたはずなのに、その建物のことを全く思い出せない。私は一体何を見ていたのだろう。 冬が近づいてくると、夜、家の猫がベッドで寝ている私の足元に登ってくるようになる。春になれば、猫はまた床で寝るようになる。猫は人の言葉はしゃべらないが、体全体でこの世界と向き合っていて、私は猫を通して季節の変化や世界のことを知る。最近私は、老眼になった。今まで見えていたものが、気づいたら見えなくなっていた。他にも今までできていたことが、今まで通りできなくなってきた。しかしそれによって、今まで無色透明であった自分自身の身体の存在というものを感じられるようになった。不調やトレーニングから、私自身の身体と世界との関係を感じることになる。体と世界が直結する感覚に、少し猫に近づいたような気持ちになって嬉しくなる。

西洋の絵画は、ルネサンス以降、透視図法と明暗法で描かれてきた。それは、世界を絵画に写し取る手段として利用されてきた。その手段は、写真が発明されることによって、その役割を失う。役割を失った西洋の絵画は、写すのではなく、絵画そのものを見つめることで世界に触れようとすることになる。絵画から、それまで世界を写す手段であった透視図法と明暗法は後退し、線もしくは筆致と色彩が前面に出て、影が消える。対象を写す写真は、影(光)がなければ像を表せないが、絵画は影を描かなくても表現できる。これは絵画特有のものである。

今回の作品の多くは、影のない絵をモチーフにしているが、影のない絵画を立体で再現し写真で表すことで、元の絵には存在しない影ができる。さらにその上に影のないドローイングを重ねる。影のある部分には3次元的な空間を感じるが、ドローイングの線に目を凝らせば、その空間は認識できなくなる。私たちは絵画を見る時、視点や立ち位置によって、全体の空間や細部の描写など、見えるものが変わる。別の言い方をすれば、何を見ようとするかによって立ち位置や視点が変わる。しかし、その行為は、意識していないことが多い。何かを見ようとして失っていること、失ったことで見えてくること、そのことを実感したとき、世界に向き合うことに近づける。

山田純嗣 | junji Yamada


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